夷隅東部漁業協同組合 専務理事 荘司 義弘さん
いすみの海に生きる荘司さんがつなぐ、人と海のこれから
夷隅東部漁業協同組合 専務理事 荘司 義弘さん。
42年間市役所で地域行政に携わり、定年を迎えたいま、現在は夷隅東部漁業協同組合に勤めている荘司さん。
行政と漁業の現場、その両方に関わる中で、常に地元の声に耳を傾けてきました。
海に出られなかった青年が、海を支える道へ
荘司さんの家は、代々漁師の家系です。幼いころから港が遊び場で、魚のにおいも潮の音も、生活の一部でした。しかし、どうしても海に出られませんでした。
「船酔いがひどくてね(笑)。海は好きでしたが、どうしても船に乗ることに慣れなくて。それでも、海の近くで何か関われることがあればと思っていました。」
高校卒業後、地元・いすみ市(旧大原町)役場に就職しました。それが、海を支える陸の仕事への第一歩となりました。
行政生活の中で、学ばせてもらった42年
市役所での42年間のうち、半分以上を漁業関連の部署で過ごしました。
漁港整備、補助金申請、資源管理、そして漁師たちの相談対応を行っていました。
「机の上より、港で話している時間のほうが長かったかもしれませんね。」
漁師たちと同じ目線で現場に立ち、課題を一緒に考え、汗を流してきました。
「漁師さんって、皆さん本当に正直で。海や魚、家族のことを一番に考えています。話していると、人間の強さと温かさを感じます。その姿勢から学ばせてもらうことばかりです。」
その現場での時間が、荘司さんにとっての原点になったと言います。「私は海に出られませんでしたが、海を支えることに尽力してきました。まだまだ道半ばですが、これからも水産業に貢献できるよう頑張っていきたいです。」
現場で教えてもらったこと
荘司さんは、答えは現場にあるという言葉を繰り返します。
「市の職員時代から大切にしてきた考えがあります。机の上で考えるより、現場に行って話を聞くことで、現状が見えてきます。地域の方と一緒に解決策を考えるようにしてきました。」
人と人とのつながり、そして積み重ねてきた信頼関係。「答えは現場にある」という言葉からは、地域に寄り添い、想いを大切にする姿勢が伝わってきました。
定年後も、地域の一員として
定年退職後、荘司さんは夷隅東部漁業協同組合の専務理事として働いています。
「42年お世話になったこのまちに、もう一度恩返しがしたい。できることを続けたいと思いました。」
行政で培った経験も、組合員の皆さんや周囲の協力があってこそ活かされています。
—漁業協同組合はどのような事業をされていますか
主に漁業の振興や漁業者(組合員)の所得向上、水産物の資源や漁場の管理など、幅広い業務を行っています。特に意識しているのは、組合の収益向上です。少子高齢化に伴い、漁師や漁獲量が年々減少している中で、漁師の暮らしをどのようにして守っていくかが一番の課題です。
—いすみ市の海域の特徴を教えてください。
いすみ市の海域の特徴は、目の前の海が、魚の“住処”です。器械根と呼ばれる岩礁地帯が約130平方キロメートルにも広がっており、伊勢海老やサザエ、アワビ、マダコ、トラフグ、ヒラメ、真鯛など、多様な魚介類が生息しています。暖流と寒流のぶつかり合うところであり魚が寄ってくる地形があります。これが他の港にはない強みです。海は生き物です。変わることを前提に、どう付き合うか。それが、これからの漁業に必要な考え方だと思います。
“稼げる漁業”への挑戦
荘司さんが今力を入れているのが、大原漁港の前で開催される「大原漁港土曜マーケット」の立ち上げです。
2026年2月28日(土)からいすみ市大原漁港で毎週土曜日に開催を予定しています。
「魚を獲って終わりじゃなくて、自分たちで売る。漁師も農家も、地元の方が主役になれる場所を作りたいんです。」
マーケットのコンセプトは「地域でとれた魚や野菜、くだものなどを安心して買えるマーケット」。
「価格競争ではなく、信頼と品質で勝負するマーケットを目指したいです。いすみの魚には、それを目指せるだけの力があります。」
魚介や野菜、加工品が並び、港の風を感じながら買い物ができます。
「その場で“おいしい”って言ってもらえるのが一番うれしい。それが次への活力になります。」
水産加工業者・農家・飲食店とともに ― “地のもの”という信頼
「地元の農家さんや飲食店と組みたいです。いすみの地域は山の幸も海の幸も豊かなので、条件は地のものを使うこと。それだけでいいんです。」顔の見える売り方にこだわるのは、品質の裏にある人の仕事まで伝えたいからです。
若い世代・移住を考える方へメッセージ
近年、いすみに移住し「漁業をやってみたい」という声もあります。
そんな人たちに、荘司さんはこう伝えます。「漁業は簡単な仕事ではありません。命を預ける覚悟が先。移住はそのあとです。」
まずは港での作業や水揚げの手伝いから始めることを勧めます。
「一度体験し、現場に立って海の厳しさと魅力を感じてほしいです。」
そして、こう付け加えます。
「いすみの海はまだ可能性がある。本気で向き合おうとする人には、周りが自然と手を差し伸べてくれると思います。」
夢は“見る”ものじゃない、“叶える”もの
荘司さんが大切にしている言葉があります。
「夢は見るもんじゃない、叶えるものです。見るだけじゃ景色は変わらない。動いて、掴んで、ようやく変わるんです。それと、“想い”が一番大事なんです。」
海とともにあるまち、いすみで、資源を守りながら、地域が稼げる仕組みをつくることが使命だと言います。
海から陸へ、そしてまた海へ。
その循環を信じて、荘司さんは今日も港に立ちます。
海を守り、地域を育て、夢を掴む。それが、いすみの漁業のこれからです。

















